2018年09月16日

アムロ引退前日 子規庵を訪ね笹乃雪で昼食

 歌手の安室奈美恵さんが引退する前日の2018年9月15日、安室さんの出身地沖縄では、最後のライブがありました。

 チケット総数は約3500枚ということですが、チケットが手に入らなかった人たちが、会場となった宜野湾市の沖縄コンベンションセンターの外にも大勢集まりました。

 会場から漏れ聞こえる歌声を聞こうと集まった人たちです。

 安室奈美恵さんの活躍が、人々の沖縄を見る目を変えたと私も思います。

 沖縄出身で本土に暮らす年配の方の話を聞くと、沖縄出身ということでいわれのない差別を受けた、という話も出てきます。

 それが、少し若い世代になってくると、「沖縄出身と話すと、『わあ、うらやましい』と言われることもあって、沖縄出身ということが誇らしく思えるようになった。」とも聞きます。

 安室奈美恵さんが沖縄の地位を向上させてくれた、と。

 そういう点でも、今年5月に、安室奈美恵さんに翁長前知事から県民栄誉賞が贈られたというのは、もっともだという感じがします。

 朝日新聞では、4面にわたって「安室奈美恵916運動」の全面広告が載りました。

 朝日新聞社のクラウドファンディングサイト「A‐port」を活用して作られた広告で、見た時に「わあー」と思いました。

 ファンの名前が連ねられる中に、「夢は語るモンじゃない、叶えるもの!」「いつか笑って話せる日がくると、教えてくれた」「ブレない生き方は憧れでした」などの、ファンから寄せられた言葉が並びました。


子規庵 入口.JPG
 子規庵


 さて、沖縄がそのような熱狂に包まれていた同じ日、私は東京根岸の子規庵を尋ねました。

 子規庵では、9月1日から第18回特別展示が始まっています。

 さきごろニュースや新聞などでも報道された、新出資料の「明治30年 『丁酉遺珠』『福引』参加者」も展示されています。

 その句「新年や昔より窮す猶窮す」については、前回の記事で触れました。

 資料保護の観点から、室内での写真撮影は許可されていませんでした。

 子規も目にしたであろう庭のへちまや鶏頭もありました。

 病気のため子規が膝を立てて座るので、膝の部分をくりぬいたという子規用の机もありました。

 子規庵を出ると、時間はまもなく正午、昼食は正岡子規や夏目漱石も訪れたという、豆腐料理のお店「笹乃雪」に行きました。

 子規庵のすぐそばにあるのです。

笹乃雪 店先 .JPG
 笹乃雪


 朝顔御前を注文し、あんかけ豆富、胡麻豆富などの豆腐料理を堪能しました。

 ぜいたくしてしまいましたが、子規庵を訪れた日に「笹乃雪」も、ということでいい記念になりました。

笹乃雪 料理.JPG
 笹乃雪の生盛膾(いけもりなます)


 子規にはこの「笹乃雪」を詠んだ句もあります。


 水無月や根岸涼しき笹乃雪(正岡子規)


 安室奈美恵さんがラストライブを開き沖縄が熱狂していたその日に、私は根岸で正岡子規に思いを馳せていました。


 アムロ去る我は子規庵笹乃雪(登)


 おそまつ。



子規の庵 のぼうる 箱.JPG
 子規の庵 のぼうる

子規庵で買ったお土産のお菓子「子規の庵 のぼうる」。

「登(のぼうる)」としては、買っておかなくっちゃね。


笹乃雪のホームページはこちら→笹乃雪

笹乃雪 ウィキペディアはこちら→笹乃雪 ウィキペディア





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2018年08月23日

急須に窮す 正岡子規の未発表の句が見つかる


 新年や昔より窮す猶窮す(正岡子規)


 正岡子規の未発表の句が見つかりました。

 「新年や昔より窮す猶(なお)窮す」という句です。

 朝日新聞2018年8月23日の夕刊にも記事が載っています。

 ネットでは「急須に窮す?子規の未発表句 弟子と即興、だじゃれ興じる」というタイトルで出ています。

 少し長くなりますが、記事の一部を引用します。

 「1897(明治30)年の正月、子規は東京・根岸の自宅に年始のあいさつに訪れた高浜虚子や河東碧梧桐ら弟子を連れ、人力車で上野の貸席に出向いて新年会を催した。福引を引き、景品に合わせてその場で句を詠むという遊びに興じたが、そのときに子規が詠んだ2句のうち、未発表だった1句が「福引」のほうに掲載されていた」。

 ここでの「福引」というのは、今回発見された和とじの小冊子のうちの一冊のことです。

 「福引」の同じページに、「福引にキウス(急須)を得て発句に窮す」という子規自身の詞書が添えられているそうです。

 意味としては「新年だなあ。この私は病床で貧しい生活をもう何年も送ってきているが少しも楽にならず、やはり病気も生活もあいかわらず苦しいなあ、新しい年が来たとはいっても」といった感じでしょうか。

 まあ、意味はそれほど重要ではないとも言えます。

 「急須」と「窮す」をかけたただのダジャレとも言えます。

 しかし、この記事の中で神奈川大学の復本一郎名誉教授の話としてあるように、「写生の人である子規の、別の側面が見られて興味深い」です。

 記事のタイトルにあるように、「『急須に窮す』 子規の遊び心」に注目ですね。
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2009年07月07日

梅雨晴れの七夕

 今日は七夕。

 今晩の天気は全国的に曇りのようです。

 雨や雷雨のところもあるようです。

 でも、昼間は晴れていました。梅雨晴れです。

 子どもたちが願い事を書いた短冊は面白いですね。

 「イチロー君より大きくお腹がふくらませるようになりたい」

 お腹ふくらませの勝負に勝ちたいのですね。

 『子規句集』(高浜虚子選、岩波文庫)には、次の句があります。

 梅雨晴(つゆばれ)やところどころに蟻(あり)の道(正岡子規)

 『子規句集』に明治21年の句は2句しか収められていませんが、そのうちの一句です。

 前回の「子規の『なじみ集』落札」で取り上げた

 七夕や蜘蛛(くも)の振舞(ふるまい)おもしろき(正岡子規)

もそうですが、「梅雨晴れや」の句も、小動物を注意深く観察しているというのか、子規がクモやアリの活動を楽しげに見ている様が想像されます。

 七夕や子の書く短冊おもしろき(登)

 梅雨晴れやおり姫ひこ星つなぐ道(登)


 おそまつ。



桜うづまき 坂の上の雲 720ml

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2009年07月06日

子規の「なじみ集」落札

 正岡子規の「なじみ集」が落札されました。

 「なじみ集」は、つい先日発見された正岡子規自筆の選句集です。

 「明治古典会七夕古書大入札会」で、最低価格の2000万円を大幅に上回る額で落札されたそうです。

 ただ、具体的な落札額も落札者も公表されていません。

 七夕や蜘蛛(くも)の振舞(ふるまい)おもしろき(子規)

 ハエが手をすったり足をすったりするのも、蚊が口をとぐような動きをするのも、面白い動きですね。

 子規がクモの動きを楽しげに眺めている様子が頭に浮かびます。

 明日は七夕です。「なじみ集」を落札した人は、この後どのように振る舞うのでしょうか。

 七夕や人の振舞おもしろき(登)

ということになるかもしれませんね。



桜うづまき 坂の上の雲 720ml

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2009年02月22日

かつうらビッグひな祭り

 「かつうらビッグひな祭り」が千葉県勝浦市で、昨日(2月21日)開幕しました。

 徳島県の勝浦町からひな7000体を寄贈されたのがきっかけで、2001年から毎年開かれている祭りです。9か所合わせて3万体以上の人形が飾られ、3月3日まで開かれるそうです。

 めでたしや娘ばかりの雛(ひな)の宿(子規)

 明治26年の正岡子規の句です。

 子規は、結婚することも子宝に恵まれることもなかったわけですが、子どもは好きだったのかな、結婚したいという気持ちはあったのかな、などと想像します。

 「ひな」といえば、松尾芭蕉の

 草の戸も住みかはる代ぞひなの家(松尾芭蕉)

が頭に浮かびます。芭蕉が『奥の細道』の旅に出る時に作った句ですね。学校でも習う有名な冒頭のところです。

 我が家でも、子どもたちが3人姉妹ですから、ひな人形が飾られています。お殿様とお姫様二人だけの親王飾りです。場所を取らなくてタンスの上に置けていいです。娘たちが幸せになってくれたらと願うばかりです。

 めでたしや我が家のスモールひな祭り(登)

 おそまつ。

(参考:高浜虚子選『子規句集』岩波文庫)

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2009年02月13日

バレンタインと「北の国から」

 バレンタインデーにチョコレートを贈る習慣が日本に根付いたのは、1960年代、森永製菓の役割が大きかったようです。

 いずれにしても、チョコレート業界の戦略はうまくいきました。

 ただ、この不景気で、チョコレートの売れ行きが心配され、男から女に贈る「逆チョコ」が提案されています。これも森永製菓が大々的にキャンペーンをしているようです。

 もうけるために、いろいろ考えますね。他の業界も、売り上げを伸ばす戦略で、「○月○日」は何の日とか、この日はこういうことをするという習慣、流行作りに一生懸命です。

 節分の恵方巻きもうまくいった例ですね。
 
 降る雪や明治は遠くなりにけり(中村草田男)

 半年ほど前(2008年8月)、「北の国から」などで有名な脚本家の倉本總氏が、「ドラマ作りはもうこれで最後かもしれない」と発言したニュースがありました。「テレビ局に絶望している」と。

  これは人から聞いたのですが、その時倉本氏が言ったことの一つに、昔はドラマの制作現場にドラマ好きがいたが、今はMBA(経営学修士)がいると。売れるかどうか、いかに売るかということが、至上命題になっているということですね。

 時代が変わりました。

 さだまさしさんの「あーあーあああああー」という「北の国から」のテーマ曲が、懐かしい気持ちと一緒によみがえってきます。

 時の流れを感じます。

 昭和もすでに20年以上前のことですから。

 去年はゴディバの高級チョコだったのが、この不景気で、明治ミルクチョコレートに。それは極端か。でも明治ガトーチョコでも十分おいしいです。明治ミルクチョコレートでも十分おいしいです。

 不景気や明治のチョコになりにけり(登)

 おそまつ。
 
 「北の国から」が見たくなってきましたか。チョコが食べたくなってきましたか。

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2009年02月09日

甲斐バンド解散か

 甲斐バンドが2月7日、日本武道館でツアー最終公演を行いました。

 報道陣にこれで解散かと聞かれた甲斐よしひろさんが「僕の名字は“甲斐さん”ですけど」とギャグを言ったとか。



 怪談に女まじりて春の宵(子規)

 明治29年の正岡子規の句です。明治29年は、子規の腰痛がひどくなった年。『松蘿玉液』でベースボールの紹介記事を書いた年です。

 『子規句集』では、この句の次が下の句です。

 春の夜の妹(いも)が手枕(たまくら)更けにけり(子規)

 ですから、「女」は妹の律でしょうか。スペシャルドラマ「坂の上の雲」では、菅野美穂さんですね。

 でも、「妹の腕を枕に」というのは、病身の子規といっても想像しにくいです。ひざ枕ならまだしも。「妹(いも)」が必ずしも「妹(いもうと)」ではないでしょうけれど。

 「手枕(たまくら)」といえば、百人一首の次の歌が頭に浮かびます。

 春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ(周防内侍)

(短い春の夜のはかない夢のような一時のたわむれで、あなたの腕を枕にしたなら、本当は何もないのにうわさが流れるかも知れない。それが残念です。)(小学館『全訳古語例解辞典』)

 「かひな」が掛詞です。「腕」の「かひな」と「甲斐なく」の「かひな(く)」です。

 「解散」して「甲斐さん(のバンド)」が「なく」なるのですね。

 「安奈 おまえの愛の灯はまだ 燃えているかい」
 そんな世界はまだ先のことでしたが……。
 「安奈 寒くはないかい おまえを包むコートは ないけどこの手で 暖めてあげたい」
 ボクもいつかはこんなセリフを口にするのかな、と男と女の哀しい世界を想像していました。タラちゃんのような顔して。

 今も「安奈」を酒に酔いながら聞くと、大人の恋愛を夢見ていたあの頃の、甘酸っぱい気分がよみがえってきて、懐かしいです。

 甲斐バンド「安奈」なつかし春の酔い(登)

 おそまつ。

(参考:高浜虚子選『子規句集』岩波文庫、新潮日本文学アルバム『正岡子規』新潮社)

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2009年02月03日

畑打よこゝらあたりは打ち残せ

「恵方巻き」のことを昨日(2月2日)は、書きました。昨日書いたとおり、今日の夕食は、スーパーで買ってきた恵方巻きでした。鉄火巻き、ネギトロ巻き、カズノコ巻き、シーチキン巻き、いろいろありました。海苔業界の戦略にまんまとのり、のりをたくさん食べました。

 さて、昨日子規の「荷を解けば」を、「東京から送られてきた小包」と考えましたが、その後、ふとんの中で、「いや、まてよ」と気になり始めました。お弁当の包みを開けたら、おにぎりに巻いた海苔の匂いがぷーん、というイメージが浮かんできたからです。

 『子規句集』を見てみると、直前にあるのは、次の句でした。

 畑打よこゝらあたりは打ち残せ(子規)

 「畑打ち」とは、くわ、すきなどで、畑を耕す人のことです。春の季語です。詞書きに「法竜寺父君の墓に詣でゝ」とあります。

 日清戦争従軍前に、子規が郷里松山に帰省したことは、昨日書きました。その帰省は、一つには父の墓参りのためだったらしいです。

 「法龍寺に至り家君の墓を尋ぬれば、今は畑中の墓地とかはりはてたるにそゞろ涙の催されて」と詞書きのある「栗の穂のこゝを叩くなこの墓を」(子規)という句もあります。

 「墓参りに行った時にお弁当の包みを開けて、海苔の匂いがぷーん」かもしれないな。

 俳句を前後の脈絡なしにポンと出されて解釈するのって難しいですよね。字数が少ないだけに。でもそれだからこそ、想像して世界をふくらますことができて、面白いのかもしれません。

 のぼうるよそこらあたりは気にするな(登)

 おそまつ。

 ばかばかしいとは思いながらも、まあ気にするなと自分を励ましながら書いています。

(参考:高浜虚子選『子規句集』岩波文庫)

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2009年02月02日

恵方巻きは海苔業界の戦略だって?

 荷を解けば浅草海苔の匂ひ哉(子規)
 明治28年の子規の句です。「浅草海苔」は江戸名産の一つといいますから、東京から届いた荷物でしょうか。

 明治28年は、子規が日清戦争従軍記者として中国を訪れる年ですが、大連に赴く前の3月に、帰省しています。中国に届いた荷物というのも、ありえそうですが、「海苔」は春の季語ですから、3月の帰省中に郷里松山に届いた荷物なのでしょうね。

 私は1990年ごろの2年あまりを中国で過ごしましたが、日本から送られてくる小包が本当に待ち遠しかったのを思い出します。

 さて、明日2月3日は節分。節分には、豆まきをするものでした。「イワシの頭とヒイラギを戸口にさして鬼を追い払う」という風習もありました。「でした」「ました」と書きましたが、今もあります。

 それに、「恵方巻きを食べる」というのが、徐々に定番になってきました。コンビニでも「恵方巻き」ののぼりを見かけます。今朝ラジオで聞いたのですが、この恵方巻きを食べる習慣は、海苔業界が始めたのだそうです。海苔の売り上げを伸ばす戦略というわけです。チョコレート業界のバレンタインデーと同じですね。バレンタインデーにチョコレートを贈るという習慣も、日本ではすっかり定着しました。

 うちでは、本格的にお寿司屋さんで恵方巻きを注文しようと思っていましたが、注文しそびれました。でも、スーパーで買ってきてきっと食べるだろうな。今年2009年の恵方は、東北東です。

 恵方巻き のり業界の戦略よ(登)

 おそまつ。

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2009年01月22日

「子規」の由来

 正岡子規の「子規」は「ほととぎす」と読めます。「ほととぎす」と読む漢字はほかに「不如帰」「時鳥」「杜鵑」などがあります。

 私はほととぎすを2度ほど見たことがあります。中国の東北部を列車で走っていたその車窓からです。中国語では「杜鵑」の漢字を使います。
 
 卯の花の散るまで鳴くか子規(子規)

 「卯の花」は「ウツギ」の別称で、陰暦4月に白い花を咲かすので4月を「卯月」というのだそうです。「ほととぎす」と「卯の花」は、「梅にうぐいす」のような関係で、卯の花が咲き、ほととぎすが鳴くと夏が来ると考えられていました。「卯の花」は夏の季語です。全然季節の話題になっていませんね。

 明治22年5月9日、子規は喀血します。その晩も翌朝も喀血します。「子規」と号するのはこの時に始まります。この時の様子は、子規の書いた『子規子』に詳しいようです。

 ほととぎすのオスの鳴き声は激情的ともいえるけたたましさで、血を吐くまで鳴くとも言われます。それで子規は、結核を病み喀血した自分をほととぎすにたとえて号としたのです。

 号の由来といえば、二葉亭四迷の、父に言われた「くたばってしまえ」からとったというのが有名です。「ホトトギス」の関係では、高浜虚子は本名が「清(きよし)」で、山口誓子(せいし)は本名が「新比古(ちかひこ)」です。「誓子」も「ちかひこ」と読めますね。けっこうそんなものです。半村良さんのイーデス・ハンソン(良いです、半村)由来説は面白いですね。実際は違うそうですけど。

 ほととぎすといえば、もうひとつ、有名な三英傑の「鳴かぬなら……」がありますが、フィギュアスケートの織田信成さんが、インタビューの中で、「鳴かぬならそれでいいじゃんホトトギス」と詠んだということを最近になって知りました。細かいことにこだわらない大物、と感じる人もいるでしょうね。私は、句については同じレベルで親しみが持てるなあです。

 信成君親しみ感じるホトトギス(登)

 おそまつ。

(参考:柴田宵曲『正岡子規』岩波文庫、北原保雄編『全訳古語例解辞典』小学館)

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posted by 青山登 at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ギャグ・ユーモア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする